広告
はじめに
Xのポストのもありますように、夜勤明けで私が退勤した後、担当していた利用者さんが誤嚥性肺炎で緊急搬送されたという出来事について「いいね」や「リポスト」が多かったので振り返るべくブログ記事にしました。
まず、前日の私は、いつも通りに体調観察を行い、
- 体温
- 呼吸状態
- 食事摂取量
- 表情・言動
を確認したうえで申し送りをし、特に大きな変化はないと判断して退勤しました。
しかし、遅番スタッフはその日の利用者さんの様子に
「いつもより表情が重い」
「呼吸がやや浅い気がする」
という**わずかな“違和感”**を覚えました。
そして迷わず医療機関へ連絡。
その判断が結果的に命を守る対応につながりました。
「あなたが普通に帰ったから大丈夫だと思ってた」
この言葉は胸に刺さりました。
私は思わず自分を責めました。
「もっと観察できていたんじゃないか」
「変化のサインを見逃したんじゃないか」
悔しさと申し訳なさが混じる、重たい感情でした。
けれど同時に、心の中でもう一つの問いが生まれました。
なぜ、この出来事が“個人のミス”として処理されようとするのだろうか?
介護は「個人」ではなく「チーム」でケアするもの

小さな変化は、複数の視点でつないでいくもの
利用者さんの状態変化は、「元気→急変」という分かりやすい形で表れることは少なく、
日々の“小さな変化の積み重ね”として現れるのがほとんどです。
例えば、誤嚥性肺炎の初期兆候としてよく見られるのは、
- 表情がなんとなく疲れている
- 声に力がない
- 食べ方がゆっくりになる
- 食後に痰が絡みやすい
- むせる回数がほんの少し増える
こうした変化は、単発で見ると「様子見で良い」と判断されやすいレベルです。
しかし、日勤、遅番、夜勤と複数のスタッフがそれぞれ気づいた変化が、
1つの「線」としてつながったとき、初めて
「これは注意が必要な変化だ」
と判断できます。
つまり、個人で完結できるケアは存在しないのです。
今回のケースでも起きていた「情報の断絶」
私が観察した時点では、まだ目に見える大きな変化はありませんでした。
しかし、遅番のスタッフの視点では「違う」ものがあった。
この“視点の違い”こそ、チームケアの強みであり、共有されるべき情報です。
「特に変わりなし」をやめるという意識改革

申し送りは「状態の記録」ではなく「リスクの引継ぎ」
介護現場で特に問題になりやすいのが、
「特に変わりなし」という言葉です。
これは情報を伝えているようで、実は何も伝えていません。
申し送りは本来、
「その人の状態の“連続性”を担保するためのもの」です。
例えば、同じ利用者さんでも
- 昨日の顔色
- 今日の姿勢
- 食事の速度
- 会話の切れ味
は、少しずつ変わります。
これらは数値には出ないため、
“印象”という形で伝える必要があるのです。
申し送りの質を高める言い換え例
| 悪い例 | 良い例 |
|---|---|
| 特に変わりなしです | 体温36.8°、食事7割。表情に少し重さがあり、痰が増えた印象。気になるので注意して見てほしい。 |
「主観を言うと怒られるのでは?」という声もありますが、
主観は**“疑うべき情報”ではなく“検証すべき情報”**です。
主観は言語化しなければ共有できません。
そして言語化された主観は、次のスタッフの観察の焦点になります。
「違和感を口にできる現場」は安全な現場

責める文化があると、違和感は隠されてしまう
もし今回、
遅番スタッフが感じた違和感を言いにくい空気だったら、
搬送は間に合ったでしょうか?
おそらく、そうはならなかったでしょう。
介護現場には時に、
「前の職員が大丈夫と言っていたから、変だと言いづらい」
という空気が生まれることがあります。
しかし、違和感を伝える=相手を否定することではありません。
違和感は、
**利用者さんを守るための“重要な気づき”**です。
振り返りは「責める場」ではなく「学び合う場」
今回の出来事を振り返るとき、
「誰が悪いか」ではなく
「なぜ情報がつながらなかったか」を考えることが大切です。
そうでなければ、反省が恐怖や萎縮につながり、
さらに情報共有が滞り、安全から遠ざかります。
現場で必要なのは、
**「学び続けるチーム」**であることです。
おわりに

今回の出来事は、私にとって苦しく、でも大切な気づきをくれました。
- 観察は1人の力では完結しない
- 情報は「特に変わりなし」ではなく、細かく、丁寧に手渡す
- 違和感を言える空気は命を守る
- 振り返りは“責める”ためではなく“学ぶ”ためにある
介護は正解のない仕事です。
だからこそ、経験は共有してこそ価値が生まれると感じています。
今日も現場は続きます。だから学びも、共有し続けます。
